日本の歴史の中で「備前の国」として知られる、現在の岡山県は、「刀剣王国」などとも呼ばれたほど、数多くの名工たちを排出したようです。また名工たちの成長とともに、数多くの名刀が作られておりました。
備前の国で作られる日本刀は、「備前刀」などと呼ばれ、備前刀が数多く作り出された地域は、吉井川の河口流域であったといわれているようです。
吉井川は中国山脈から日本刀を作り出すための地鉄を河口付近まで運び出し、地鉄を用いてつくり出された数々の刀剣類は、瀬戸内海から海を通じて全国に出荷されたと言われております。
その後、備前の吉井川付近に広がる「刀剣王国」は、幾度となく吉井川の氾濫に遭遇し鍛冶場が衰退するようではありますが、備前の国は、日本の歴史を語るうえでは欠かすことのできない日本刀を生み出した地として認識されほどの歴史的な名刀の数々をつくりあげた聖地でもあるようです。
そのなかでも名工として知られる備前友成(びぜんともなり)は、古備前派などと呼ばれる平安時代後半の有名な刀工であります。